2024年4月。アメリカを訪問した岸田首相が、ホワイトハウスで行われた日米首脳公式晩餐会でスピーチしました。ジョークを織りまぜ笑いをとりながら日米関係の重要さを訴えたことは、ニュースでご覧になった方も多いと思います。日本語訳付きのスピーチ映像がネットに出ていたのでご紹介しつつ、自分なりに勉強になったポイントをまとめてみました。スピーチに関わるみなさんはもちろんですが、人前で話す機会の多いみなさん、文章を書く仕事をしているみなさんのご参考になれば幸いです。
まずは岸田首相のスピーチ映像をご覧ください。この動画をYouTubeに載せてくださったFNNプライムオンラインさんに感謝します。
ジョークで会場の一体感をつくりながら、日米関係の過去・現在・未来について主張しています。わかりやすく、力強いスピーチだと思います。
このスピーチから僕が学んだことは以下の4つです。
①ジョークで会場の一体感をつくっていく。
晩餐会には、バイデン大統領夫妻はもちろん、日本の音楽ユニットYOASOBI、ソフトボールの上野由岐子選手、車椅子テニスの国枝慎吾さん、宇宙飛行士の星出彰彦さん、米俳優のロバート・デニーロさんほか、日米の政治・経済・文化など各界の著名人が招かれていたそうです。このような環境でスピーチするのは、かなり難易度の高いことだと思います。政治家だけとか、社長だけとか、新入社員だけとか、大学生だけとか、主婦だけとか、聴衆の属性が単一であれば、話すべきことはかなり絞ることができます。しかし聴衆の属性がバラエティに富む場合は、そうもいきません。ここで大事になってくるのが、話の入り口で、バラエティに富む聴衆のみなさんの心をつかむ作業です。岸田首相が話したジョークの中で僕がすごいと思ったのが、この2つです。スピーチというものに対して多くの人が思っている普遍的な心理を上手に捉えていますよね。日本にはジョークの文化がないとよく言われますが、このような知的な言葉のコミュニケーションは、これから増えてきてほしいと思っています。
私がここに来る前に、私のスタッフは、「私のスピーチが短すぎると文句を言った人は誰もいなかった」と私に言いました。
私はこのセリフが気に入りました。私はこの言葉を何度も使用したため、スタッフはこのフレーズがスピーチ原稿に出てくるたびに、それを削除しようとしました。
②聞き手との共通点を探す。
スピーチで重要なのは、「話し手と聞き手の間に共通の世界をつくること」だと思います。一方的に言いたいことを言われるのではなく、この話は自分にも関係のあると思えるほうが、話に入っていけますよね。岸田首相は「アメリカと広島」というテーマで歴史をリサーチし、いくつかの事実を見つけてきました。いうまでもなく広島は人類初の被爆地であり、岸田首相の出身地です。ホワイトハウスにおけるスピーチですから、アメリカと広島をポジティブな文脈でつなぐことができれば、両国間の絆はさらに強いものになるであろうという思惑があったことは想像に難くありません。
米国への日本人移民の中で最も多くの人が広島から来たことはあまり知られていません。
大統領、故ダニエル・イノウエ上院議員が大統領の良き友人だったことは知っています。彼の母親も広島出身でした。
「太平洋は日本と米国を隔てているわけではありません。むしろ、それは私たちを団結させます」。これは、約60年前、ホワイトハウスで開かれた国賓昼食会で、ケネディ大統領が同じく広島出身の池田首相に贈った言葉です。
③未来に向けたビジョンを提示する。
歴史を振り返り、両国間の絆の尊さについて共感を獲得したところで、話を未来に転じます。過去の話から入って未来の話で締めくくるのはスピーチの基本的な構成です。ここで岸田首相が持ってきたのがスタートレックです。ジョージ・タケイさんが広島にルーツを持っているというダメ押しを用意しているところも脱帽です。最後の最後まで聴衆を楽しませたいというサービス精神に感服させられます。
私たちの共同の取り組みは多様であり、私たちの明るい未来と世界の平和と安定にとって不可欠です。私たちは今、揺るぎない日米関係をさらに高め、次世代に引き継いでいくための新たな境地に踏み出す歴史の転換点に立っています。
最後に皆さんご存知のスタートレックのセリフ「誰も行ったことのないところへ果敢に行く」で締めくくりたいと思います。ちなみに、USSエンタープライズの操舵手ヒカル・スールーを演じたジョージ・タケイも広島にルーツを持っています。
④パンチラインを1つ用意する。
スピーチを聞いた後で、心に残る言葉がある。これが達成できると、そのスピーチは大成功だと言えます。今回のスピーチでは、僕は個人的に「太平洋は日本と米国を隔てているわけではありません。むしろ、それは私たちを団結させます」が心に残りました(スタートレックの「誰も行ったことのないところへ果敢に行く」も素敵ですが)。60年前にケネディ大統領が言った言葉ですが、2024年に生きている僕が聞いても新鮮で、ハッとさせられる力のある言葉です。普通であればネガティブな文脈で捉えられがちな事実を、逆に価値あるものにひっくり返す手法ですね。このように、パンチラインは必ずしも自分オリジナルの言葉である必要はありません。大切なのはその言葉をチョイスするセンスですね。ここは本当にセンスが必要で、最初からできる人もいるかもしれませんが、場数を踏むうちにだんだんできるようになるのかもしれません。
「太平洋は日本と米国を隔てているわけではありません。むしろ、それは私たちを団結させます」
いかがでしたでしょうか?
国内では問題山積で火の車の岸田首相ですが、日米関係の維持・進化というミッションに関しては頑張られており、日本人として誇らしい思いをした次第です。僕は常々「リーダーの力は、言葉の力にある」と考えています。今回のような素敵なスピーチが、日本の政治家のみなさん、経営者のみなさんからもたくさん発信されるようになるといいなと思っております。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。この答辞は天才的でなかなかマネはできませんが、スピーチ原稿は基本的な考え方やスキルを身につければ、誰でも書くことができます。もしよければ、スピーチ原稿を書く僕を助けてくれる本5冊。もあわせてお読みください。あなたの人生にとって少しでもプラスになる情報をお届けできたらうれしいです。ではまた。