『ROCA:吉川ロカ ストーリーライブ』は、歌うこと以外に取り柄がない地方の女子高生・吉川ロカが、年上の同級生・柴島美乃に支えられながらポルトガルの国民歌謡「ファド」歌手を目指す友情物語。作者は、『がんばれ!!タブチくん!!』や『となりのやまだ君』で知られる、いしいひさいちさん。自費出版ながら「THE BEST MANGA 2023 このマンガを読め!」で第1位となり話題になったので、読んだ方も多いのではないでしょうか。連続する4コマ漫画(たまに8コマ漫画)で、ゆるやかにストーリーが展開していきます。
ファドって何?
冒頭に書かれている文章(あらすじ)がこちら。
これは、ポルトガルの国民歌謡『ファド』の歌手をめざす どうでもよい女の子が どうでもよからざる能力を見い出されて花開く、というだけの都合のよいお話です。
50年以上生きてきて、『ファド』というものを初めて知りました。世界は広いです。気になったので、少し調べました。
ポルトガル人が愛するものには「3つのF」があると言われており、Futebol(サッカー)、Fátima(キリスト教の聖地ファティマ)、そしてFado(ファド)なのだとか。ファドには「運命・宿命」という意味があり、日本でいえば演歌のような存在でしょうか。ファドを理解するうえで欠かせないのが、ポルトガル人特有の概念「サウダーデ(郷愁)」です。かつて大航海時代に世界をリードし、植民地からの富で栄えたポルトガル。そんな過去の繁栄からの衰退や、航海に向かう大切な人との別離から生まれた感情「サウダーデ」を表現しているのがファドであり、ポルトガル人の魂・感情が詰まっている音楽なんですね。ファドは2011年にユネスコの無形文化世界遺産に認定され、文化の継承に向けた動きも高まっているとのこと。
こちらに「ポルトガルのファドの女王」アマリア・ロドリゲスの『Barco Negro(黒いはしけ)』を貼っておきます。これから漫画を読まれる方は、これを聴いてから読むことをおすすめします。すでに読まれた方も、これを聴いてからあらためて漫画を読むと、ロカに対する印象が深まると思いますよ。
https://www.youtube.com/watch?v=cIIAsQM_Q2M
Amália Rodrigues(アマリア・ロドリゲス)
世界にファドの名を広めた国民的英雄。大阪万博時に初来日し、その後も何度か来日しています。1999年に79歳で死去した際には、ポルトガル全土が3日間の喪に服したそうです。
そんなポルトガル人の魂であるファドを、なぜ日本の女子高校生が?あらためて興味がわいてきました。前置きが長くなりましたが、本題に入ります。
(以下、ネタバレ注意)
ロカと美乃
吉川ロカ:
ファド歌手志望の女子高生。歌うこと以外に取り柄がない天然さん。自分のことを「わし」という。連絡船の沈没事故で親を亡くしており、現在は叔父さんが保護者として面倒を見てくれている模様。美乃を慕っていつも後ろにくっついていることから金魚のフンといわれている。
柴島美乃:
何度か留年していて、ロカより年上だが同級生。実家が柴島商会という、その筋の世界にも顔が効くような、ちょっと怖めの商売をしている。ロカと同じく、連絡船の沈没事故で親を亡くしている。ロカの才能を信じ、影になり日向になり支えていく。
まったくキャラの違う二人の主役(僕は二人とも主役だと感じました)を軸に、ストーリーが展開していきます。音楽の先生に才能を見出され、街角のストリートライブを皮切りに徐々に人気を獲得していきます。初めてのストリートライブでは聴いてくれる人が一人しかいませんでしたが、その人が実は…。という感じで、人の縁に恵まれながらファド歌手への階段を登っていく、まさに「都合のいい」お話です。でも最後がとても切ないんですけどね。この切なさが、まさにファドの「サウダーデ(郷愁)」ということなのでしょうか。
作品の中で、僕が気になった言葉をいくつかご紹介します。
歌うのは好きなんだけど なんか 聴く人に喜んでいるもらおうとしてない気がする。(ロカ)
吉川おまえ えらいぞ。お客がゼロでも30人でも歌がぜんぜん変わらん。(美乃)
ゼロでも30人でも変わらんのは やっぱりお客さんのために歌うとらんのじゃろか。(ロカ)
自分は誰のために歌っているのか?自問自答するロカが何度か出てきます。ロカは誰のために歌っているのか?この作品のメインテーマ(と勝手に思っています)については、読者に解釈が委ねられている部分ですが、僕は「亡くなったお母さんとのつながりの中で、自分自身のアイデンティティを確認するため」ではないかと感じました。叔父さんによると、お母さんは無国籍音楽のアマチュアバンドをやっていたそうです。
ばか
仕事で落ち込んだロカを心配して、所属事務所の担当者が美乃に電話してきます。「柴島さんがロカちゃんの安心装置のようで、すっかりヘコんだロカちゃんに何か言ってあげてもらえませんか」。こうお願いされた美乃が、電話越しに放った一言です。こんなに愛のある「ばか」は、そうあるものではありません。ロカと美乃の関係性のなせる業でしょうか。おかげでロカはしっかり立ち直るのでした。
潮時だと思う。ウチはヤバイ筋だから いずれ問題になる。まだ間に合う。オレとかいなかったことにしろ。もう連絡するな。じゃあな。
ロカが権威ある賞にノミネートされたことを知った美乃が、ロカに送ったメールです。相手を思うが故の引き際の言葉。悲しくて、美しい言葉。説明しすぎるのは野暮なので、これくらいで。
ゴメンナサイ。
ゴメンナサイ。
読んだ方にはお分かりいただけると思いますが、こちらも説明するのは野暮ですね。
いしいひさいちさんの軽妙な画のタッチと作品テーマの「サウダーデ(郷愁)」が不思議な化学反応をおこし、切なくも爽やかな、独特の読後感でした。最後までお読みいただき、ありがとうございました。あなたの人生にとって少しでもプラスになる情報をお届けできたらうれしいです。ではまた。
