『東京ヒゴロ』は、『ピンポン』『鉄コン筋クリート』の松本大洋さんが初めて描いた漫画家漫画です。主人公は、大手出版社を早期退職した漫画編集者の塩澤。理想の漫画誌を創るため、自分が信じる漫画家たちを訪ね、執筆を依頼していきます。「THE BEST MANGA 2022 このマンガを読め!」で第1位になるなど話題になったので、読んだ方も多いのではないでしょうか。全3巻。
「読む側の人」と「描く側の人」。
人は「読む側の人」であるうちは幸せです。おもしろい漫画を読んだらおもしろいと言い、つまらない漫画を読んだらつまらないと言うだけです。しかしひとたび「描く側」に足を踏み入れてしまうと、人生は180°変わります。そこは厳しいビジネスの世界です。おもしろい漫画を描くことに人生を賭けている天才や秀才たちとの生存競争に打ち勝っていかなければ、生活が成り立ちません。売れるものと自分が描きたいものの間で揺れ動き、自分本来の味を見失い消えていく漫画家たちの屍の上に、ほんの一握りの売れっ子が存在する世界。僕もコピーライターの端くれとして、一応「書く側の人」に属するわけですが、あらためて「創る側の人」であることの覚悟について考えさせられる漫画でした。そういう意味では、創作に関わるすべての人にとって必読の書であると思いました。身につまされるシーンがたくさん出てくるので、読むのがつらくなることもありますが。
「編集者」という仕事。
「編集者」は出版業界特有の職業ですが、これがなかなか深い存在です。
編集者は、企画する。
「こんな本を創りたい。そのためにこの先生に描いてもらいたい」と、漫画家に企画を持ち込み、執筆のお願いをします。企画の質はもちろんですが、漫画家を口説く能力も必要でしょう。塩澤が執筆を依頼する漫画家たちは、すでに一線を退いたり引退した人ばかり。金輪際ペンを握らないと決めている人もいますが、塩澤からぶつけられる真摯な情熱が、彼らの心に火を灯していきます。
編集者は、進言する。
「編集者は最初の読者」という言葉がありますが、彼らは漫画家が描いたネーム(コマ割りやアングル、セリフ、表情などを大まかに描いた下描き)を読み、良いときは良いと言いますが、ダメなときはダメ出しします。もちろんそれは勇気のいることですし、漫画家の気分を害することも多いです。しかし塩澤は一歩も引きません。「技巧に頼りすぎていることで、感情の表現を含め、全体が表層的で本質を欠いているように感じられる」というようなことを言います。めちゃめちゃ厳しいですよね。でもそれは、塩澤が漫画を愛しているからであり、目の前の漫画家をリスペクトしているからできることなのです。
僕は漫画が創られる世界を実際に体験したことはないのですが、「編集者」という仕事にとても興味をもちました。また「編集者」とは出版業界特有の職業ではなく、名前はどうあれ、あらゆる業界に存在しているはずだと思いました。そして様々な業界で奮闘する彼らの存在こそが、世界をより良い方向へ導いているのではないか。そんなことを思った次第です。編集者バンザイ。
(以下、ネタバレ注意)
個性豊かな登場人物たち。
主人公の塩澤を中心に、様々な人物が登場し、その人生が東京の日常(ヒゴロ)で交錯します。
塩澤:
主人公。大手出版社で漫画を担当する編集者だったが、立ち上げた漫画誌が廃刊になった責任をとって早期退職するようなストイックな性格の持ち主。退職金を注ぎ込み、もう一度理想の漫画誌を創ろうと、自分が信じる漫画家を訪ね執筆を依頼していくが…
長作:
人気漫画家ではあるが、自分が描いている漫画が長いことずっと空っぽであることを塩澤に見抜かれている。
林:
出版社時代の後輩。青木という漫画家を塩澤の後任として担当しているが、信頼関係を築けずに苦労している。
青木:
その才能を塩澤も認めている漫画家だが伸び悩んでいる。うまくいかないことを環境にせいにして自分から逃げている。
他にも出版社、漫画家、書店など様々な立場の人物が登場しますが、おそらく誰が読んでも、感情移入してしまう登場人物が出てくるのではないでしょうか。僕は年代的にも仕事の内容的にも、塩澤と長作の2人に感情移入してしまいました。
偉人たちの言葉。
塩澤の会話の中に、偉人の言葉がいくつか出てきます。含蓄に富んだ言葉で、いちいち考えさせられましたのでご紹介します。
毎日を生きよ。あなたの人生が始まった時のように。
ゲーテ
期待はあらゆる苦悩のもとである。
シェークスピア
もしあなたが善良な心を持っているなら、
それは常にあなたの作品の中に現れるだろう。
カミーユ・コロー
喜びとは苦悩の大木に実る果実である。
ヴィクトル・ユーゴー
こういう偉人の言葉がスッと出てくる博学ぶりに憧れるわけですが、あらためて思うのは、どんなに時代が変わっても、人の悩みというものは本質的にそんなに変わっていないということですね。
苦悩する人々にとっての「夜明け」。
最後に、塩澤が創る漫画誌のタイトルにしびれたという話です。塩澤が会社員時代に創って廃刊になってしまった漫画誌のタイトルは「夜」でした。そして塩澤が独立後に創った漫画誌のタイトルは「夜明け」です。「夜」で失敗した塩澤が、「夜明け」というコンセプトで再挑戦する展開は胸熱でした。夜の後には、夜明けが来る。明けない夜はない。このコンセプトには、主人公である塩澤本人はもちろん、彼が執筆を依頼する漫画家たちの再起を願う気持ち、そして日々苦悩する読者たちへのメッセージが込められているのではないか。そんなふうに思うのでした。あらためて、創作に関わるすべての人にとって必読の書だと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。あなたの人生にとって少しでもプラスになる情報をお届けできたらうれしいです。ではまた。
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